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東京地方裁判所 平成6年(ワ)19627号 判決

原告

総合ファイナンスサービス株式会社

右代表者代表取締役

橋場克明

原告

王司興産株式会社

右代表者代表取締役

轟哲行

右原告ら訴訟代理人弁護士

山口達視

被告

深澤直之

主文

一  被告は、原告総合ファイナンスサービス株式会社に対して、金一九八〇万円を、原告王司興産株式会社に対して、金二〇万円を、各支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告総合ファイナンスサービス株式会社に対して、金一九八〇万円、原告王司興産株式会社に対して、金二〇万円及び、これらに対する平成元年三月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員(民法所定の割合による遅延損害金)を、各支払え。

第二  争点等

一  前提事実(以下の事実には争いがない。)。

1  訴外八木淳光(以下「八木」という。)は、昭和五八年九月二四日、訴外日本生命相互会社(以下「日本生命」という。)から、金一億七〇〇〇万円を借り入れ、同日、同人所有の世田谷区深沢一丁目九番一七の土地及び同土地上の建物(登記簿については、甲一、二参照。)に、日本生命のために抵当権を設定し、さらに同日、訴外全国不動産信用保証株式会社(以下「全国不動産信用保証」という。)との間で、前記債務について信用保証委託契約を締結した。

2  八木は、昭和六一年七月五日、同日日本生命に支払うべき割賦金の支払を怠たったため、約定に基づき、同年一二月五日の経過により期限の利益を失い(遅延損害金は年一四パーセント)、そのため、全国不動産信用保証は、前記保証委託契約に基づいて、日本生命に対し、残金及び利息を支払い、これに伴って、同年一二月二六日、前記抵当権を取得した。

3  全国不動産信用保証は、東京地方裁判所に右抵当権の実行の申立てをし(昭和六二年(ケ)第五九号事件、以下「本件競売事件」という。被担保債権及び請求債権は、元金金一億三一七五万七四四一円及びこれに対する昭和六一年七月五日から同年一二月五日までの月利0.685パーセントの割合による利息金五三八万五三九四円。右申立書については、乙一参照。)、昭和六二年一月二一日、競売開始決定がされた。そして、その後、原告総合ファイナンスサービス株式会社(以下「原告総合ファイナンス」という。)が一〇〇分の九九の、原告王司興産株式会社(以下「原告王司興産」という。)が一〇〇分の一の、各持分割合により、全国不動産信用保証から、同社が八木に対して有する債権及び抵当権を譲り受けた。

4  昭和六三年一月三〇日、八木は、弁護士である被告を代理人として、東京簡易裁判所に対し、申立人を八木、相手方を原告両名とする債務弁済協定の調停を申し立て(昭和六三年(ノ)第三五号事件。以下「本件調停事件」という。申立書については、甲三参照。)、同時に、本件競売事件の手続を停止させるために、同裁判所に対し、右手続の停止を申し立てた(昭和六三年(サ調)第一六号事件)。

5  東京簡易裁判所は、昭和六三年二月二日、競売手続停止の申立ての担保として、被告に対し、株式会社三和銀行月島支店との間に、原告総合ファイナンスに対して金一九八〇万円、原告王司興産に対して金二〇万円を限度とする支払保証委託契約(以下「本件保証委託契約」という。)を締結する方法による保証を立てさせた上、本件競売事件の手続について、八木と原告らとの間の本件調停事件の終了に至るまで停止する旨決定し(決定書については、甲四参照。)、同日、被告は、右銀行との間で、前記内容の支払保証委託契約を締結した。

6  平成元年二月二七日、八木と原告らの間に、以下の内容の調停(以下「本件調停合意」という。)が成立した(調停調書については、甲五参照)。

① 八木は、原告総合ファイナンスに対し、元金金一億六四九一万二四六九円、利息金六四七万四〇一一円及び右元金に対する昭和六一年一二月六日から支払済みまで年一割四分の割合による金員並びに執行手続費用金一三一万一二五五円の支払義務のあることを認め、内金二億一七八九万七三〇七円を、平成元年三月一六日限り、原告総合ファイナンス代理人方に持参又は送金して支払う。

② 八木は、原告王司興産に対し、元金金一六六万五七八二円、利息金六万五三九四円及び右元金に対する昭和六一年一二月六日から支払済みまで年一割四分の割合による金員並びに執行手続費用金一万三二四五円の支払義務のあることを認め、内金二二〇万〇九八一円を、平成元年三月一六日限り、原告王司興産代理人方に持参又は送金して支払う。

③ 八木が、前記①、②の期限に各内金の支払の一部でも怠ったときは、当然に期限の利益を失い、原告らに対し前記の金額全額を支払う。

④ 八木が前記①、②の各内金を遅滞なく支払ったときは、原告らは、その余の支払義務を免除する。

7  八木は、本件調停合意で定められた各内金の支払期日である平成元年三月一六日に、原告らに対して、支払をしなかった。

8  そこで、本件競売事件の手続は再開され、平成二年一一月二八日に八木の長男が代表者の地位にある法人について代金金三億五一五七万六四五〇円で売却許可決定がされたが、右買受人の代金不納付により右売却許可決定は失効し、保証金金三四〇六万六〇〇〇円が没取され、また、平成四年九月二二日に八木の子二名について代金一億八五〇〇万円で売却許可決定がされたが、右買受人らの代金不納付により右売却許可決定は失効し、保証金金二二一四万四〇〇〇円が没取され、その後、現在に至るまで、手続は継続されている。

二  争点(民事調停規則六条に基づく、本件保証委託契約の被担保債権の発生の有無及びその額)

1  原告らの主張

民事調停規則六条の立担保制度の趣旨は、杜撰な弁済調停及び不動産競売手続停止の各申立てによって、債権者の債権回収が不当に遅延させられることを防止し、これによって生じた損害を担保するものと解される。

本件においては、八木の債務が金銭債務であり、同人はすでに遅滞に陥っているのであるから、本件競売事件停止の時から本件調停事件終了時(右時点は、本件調停合意の履行不履行が確定した時と解するべきである。)までの間も、債権についての損害(遅延損害金)とこれの賠償義務が継続して発生していることは、理論上当然であり、この賠償義務の履行請求権が、本条の被担保債権である。具体的には、本件競売事件の手続が停止された翌日である昭和六三年二月三日から、本件調停合意の履行期限である平成元年三月一六日までの間の、本件調停合意中八木が認めた原告総合ファイナンスに対する金銭債務の元金金一億六四九一万二四六九円及び原告王司興産に対する金銭債務の元金金一六六万五七八二円のそれぞれに対する年一割四分の割合による遅延損害金(前者について金二五七四万四四一七円、後者について金二六万〇〇四四円)が、右請求権の内容である。

そして、民事調停規則六条の担保は、停止にかかる競売事件の終結とは関係なく右のとおり発生した被担保債権を担保するものである。したがって、本件競売事件の手続が終結していなくとも、原告らの請求には無関係である。

原告らは、平成六年一一月一八日の本件口頭弁論期日において、被告が三和銀行月島支店と締結した本件保証委託契約の第三者として、受益の意思表示をした。

よって、被告は、本件保証委託契約の範囲で、原告総合ファイナンスに対して金一九八〇万円、原告王司興産に対して金二〇万円及びこれらに対する本件調停合意違反の翌日である平成元年三月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告の主張

八木は、杜撰な本件調停事件及び本件競売事件停止の申立てをしていないし、原告らの債権回収を不当に遅延させた事実もない。

本件競売事件は、いまだ終結していないから、原告らの被る損害額は確定できず、したがって、本件保証委託契約の被担保債権はいまだ発生していないこととなり、原告らの請求は、主張自体失当である。

民事調停規則六条の担保は、調停事件の申立てに伴う競売手続の停止後、調停成立による当該調停事件終了(民事調停法一六条)までの間に、右競売手続が停止したことにより、競売申立人が被るかもしれない損害を被担保債権とするものである。そして、その損害の範囲は、右規則の条文により、当該調停事件の終了までに生ずべき損害に限られるし、当該競売手続のもとになった申立てにかかる抵当権の被担保債権の範囲に限られる。また、八木が本件調停事件を申し立てた後同事件について調停が成立するまでの間は、原告らの意志に基づいて期日が重ねられており、この間の期間に相当する遅延損害金等の全額が、本件保証委託契約の被担保債権になるものでもない。したがって、原告らが、競売手続のもとになった申立てにかかる抵当権の被担保債権額を超えて、八木が認めた金銭債務の元金全額に対する本件競売事件の手続の停止から本件調停合意の不履行までの期間の遅延損害金を、同条の担保の被担保債権とすることはできない。

また、本件保証委託契約による担保は、その契約金額の限度で、右損害を担保する趣旨であるから、原告らが、右金額を超えて、遅延損害金を請求することはできない。

第三  判断

一  本件競売事件が終結していないことと、本件保証委託契約の被担保債権の発生の有無との関係について

右被担保債権の内容は、本件競売事件の停止により同事件の申立て債権者である原告らが被る損害であり、具体的には、同事件の手続の停止に伴いその間債権回収が遅れざるを得なくなったために発生した遅延損害金がこれに該当するものというべきところ(なお、原告らは他の内容の損害については特段の主張立証を行っていない。)、右損害は、現時点において既に発生しており、他方、民事執行手続関係法令中にも、右損害の回復については執行手続の終結を待つべきことを要請する規定は見当たらないから、本件において、本件競売事件が終結していないことは、原告らの請求を認容する上で特に妨げとなるものとは見がたい。

二  本件保証委託契約の被担保債権額について

1  損害算定の基礎となる元金額及び遅延損害金の割合について

右の点に関し、①民事調停規則六条における立担保の趣旨としては、民事執行手続の停止に伴う損害のてん補に充てるためのものと解されること、②また、同条四項は、民事訴訟法一一二条、一一三条及び一一五条を準用するに当たり、民事執行手続の申立人をもって担保権者と見ているものと解すべきこと、③民事執行手続の進展に関連して、最終的には多数の債権(この中には、場合によっては、申立人が直接手続の対象とした債権以外の申立人に帰属する債権も含まれることがあろう。)が扱われることがあるにしても、手続の骨格を形成するのは、あくまで直接申立ての対象となった債権であること、④民事調停規則六条の運用上も、その担保額の決定に当たっては、民事執行手続の申立てにかかる債権の内容を基礎とせざるを得ないのが通常であること、等を考慮すると、本件保証委託契約の被担保債権としては、停止の対象となった本件競売事件の申立てにかかる債権を基礎とするべきであり、結局、元金としては金一億三一七五万七四四一円、遅延損害金の割合としては年一割四分とするのが相当である。

2  損害の範囲(停止に伴う遅延損害金の発生期間)について

右の点に関し、民事調停規則六条の趣旨としては、同条による担保が対象とする「調停が終了するまで」の民事執行手続の停止に伴う損害の範囲としては、当該停止の根拠となった調停事件の手続の終了までと解すべきであり(なお、同条に関する制定者の見解については、最高裁判所事務総局民事局「民事調停法規の解説」民事裁判資料第二五号六七頁参照)、本件においては、右損害の発生した期間としては、本件調停事件の申立てに伴って本件競売手続が停止された昭和六三年二月二日から、同事件が本件調停合意の成立により終了した平成元年二月二七日までと認めるのが相当である(ただし、原告らは、賠償を求める債権の具体的内容としては、本件競売手続が停止された翌日からの損害に限定しているので、右範囲で認定することとする。)。

3  本件調停事件における原告らの関与と損害の関係について

右の点に関し、民事調停規則六条は、民事調停事件の終了までの間には双方当事者の言い分の調整等に相当の期間を要することを当然想定しているものと考えられ、同規則六条の担保の担保権者である調停当事者側に当該調停事件の終了を特に遅延させたといった事情があれば格別、そうでない場合には、単に担保権者である調停当事者側も手続に関与したことをもって、損害の範囲が左右されるものとは見がたく、本件においては、原告ら側に右とは別に考えるべき事情は見当たらない。

4  以上によれば、損害元金は、別紙計算書のとおり、金一九六五万八九三一円(右元金を、原告総合ファイナンスが一〇〇分の九九の金一九四六万二三四二円の、原告王司興産が一〇〇分の一の金一九万六五八九円の、各割合で有することになる。)と解するのが相当である。

三  遅延損害金の発生の有無及びその発生時期

民事調停規則六条における担保は、前述のとおり民事執行手続の停止に伴う損害のてん補に充てるためのものであるが、その性質上、当該執行手続が停止している間において、日々損害が発生し、その損害について直ちに弁済期が到来するものと解される。したがって、右損害についての遅延損害金は、当該執行手続が停止された時点以降の各損害発生日から日々発生すると解するのが相当であるところ、原告らは、本件において平成元年三月一七日からの遅延損害金しか請求していないから、右の範囲において認容するのが相当である。

四  立担保者の責任範囲

第三者が支払保証委託契約を締結する方法により担保を提供する場合には、右第三者は、右契約における保証委託額を限度に責任を負うものと解するのが相当であり、本件においても、被告は、各原告に対する本件保証委託契約の額(原告総合ファイナンスについては金一九八〇万円、原告王司興産については金二〇万円)を超えて、責任を負うものではない。

そして、二及び三に述べたところによれば、原告らの請求は、すでに右限度額に達していることが明らかである。

五  訴訟費用の負担については、民訴法九二条ただし書を適用した。

(裁判官八木一洋)

別紙〈省略〉

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